北区のかたちを変えた淀川べり散策
1885(明治18)年の明治大洪水を機に、現在の流れへと大きく姿を変えた淀川。
いにしえより栄えてきた歴史も色濃く残り、なんともいえない神秘的なオーラが漂っている。
大阪を水害から救った先人たちの軌跡を淀川べりに感じながら散策しよう。
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現在は豊中市に移転した東光院の山門前に架けられていた橋の跡。境内の萩が美しく「萩の寺」と呼ばれ、界隈は参拝者でにぎわっていた。妙見山へ続く旧能勢街道の起点であり、池田・能勢や丹...
- 萩之橋跡碑
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細長い路地にある商店街。一時はシャッター通りだったが、長屋をリノベーションした若い人のお店が2016年頃からオープン。昔ながらの駄菓子屋さん、香ばしい匂いが漂うパン屋さん、おし...
- 中津商店街
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大川北岸にある南天満公園内の、天満青物市場跡碑のすぐそばにある。♪ねんねころいち 天満の市よ 大根(だいこ)そろえて 舟に積む~♪と、市場や水運の活況を歌っている。天満で生まれ...
- 天満の子守歌歌碑
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1945(昭和20)年6月7日、大阪大空襲により多くの人々が逃げ場を失い、旧長柄橋下の河川敷に避難したところへ米軍機が爆弾を落とし、機銃掃射を浴びせ、400人近い命が奪われた。...
- 旧長柄橋弾痕と慰霊の観音像(明倫観世音菩薩像)
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