約100年の歴史を持つ都市公園
扇町公園ができたのは、大阪が東京を抜いて日本一の都市へと発展する時期。界隈が市街地化する中で、都会にふさわしい景観を作ろうと市民憩いの場となる都市公園が誕生した。
約7ヘクタールの開放的な空間には大型遊具、大きな広場、市民プールなどがある。遊具に夢中の子どもたち、散歩を楽しむ家族連れや年配の夫婦、お弁当をベンチで広げる会社員、ひと息入れるランナーたち。幅広い世代が思い思いに過ごせる場所である。
「フジヤマノトビウオ」も活躍
日本中を熱狂させた巨大プール
かつてここに東洋一の規模を誇った「大阪プール」があった。戦後間もない1950(昭和25)年8月、日米国際水泳選手権の開催に向けて、約2万5千人収容のスタンドを持つ50メートルプールができた。この大会で、「フジヤマノトビウオ」と呼ばれた古橋広之進選手らが活躍し、日本中を熱狂させた。
老朽化のため1997年に港区の八幡屋公園に移転するまで、集会や演劇の舞台にもなった。公園にある不思議なオブジェはその名残。実際に使われていた飛び込み台(競泳スタート台)が南西入口に残っている。
写真上:1950(昭和25)年の写真。馬蹄形スタンドが観客で満員になっている
写真下:意外と見過ごされがちな、かつての飛び込み台は扇町通からも見える